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虎は仔犬に牙を抜かれる



 高等部一般校舎の屋上には主がいる。


 これは学園ではかなり有名な話のはずだ。
 その話を知る生徒ならわざわざ自らを危険を晒すような場所へと足を向けるはずはないし、もし行こうものなら屋上の主(ヌシ)によってどんな目に合わされるかなんて予想するまでもないだろう。

 屋上へと足を踏み入れた者の多くが病院送りになったとか、主に食われた(性的な意味で)とか不良の集会をしているとか、噂はいつの間にか余計な尾鰭を盛大につけて校内を巡っていたはず。


 そう、ここはそういう事のある可能性を示されている場所のはずだ。




「…こんにちは!」

 なのに、今の状況は何だろうか。

「えと、こんにちは?」

 俺の目の前には今、にこにこ笑みを浮かべた一匹の子犬が鎮座している。否、正確には校舎内には犬猫などいないのだから人間なのだが…

「…あ゛?」
「あれ?貴方が『屋上のヌシ』さん…だよね?」

 きょとんとした顔をして首を傾げる姿も愛らしく、ふわふわのこげ茶色の髪が揺れ、うるうるの大きな目が俺を見上げた。
 ぷるぷるする唇も自然なピンク色をして、色白の肌はにきび一つなかった。いわゆる学園における美形集団に属する方の面構えをしている美少年ってやつだ。

 …何なんだ、こいつは。

 先程屋上のドアが開いたと思ったらほてほてと歩いてきた小さな男子生徒。ネクタイの色からして俺より一つ下だ。今年入りたての一年だろう。新入生なら屋上の事を知らずにやってきた可能性もあったんだが、俺をヌシと呼んだことによってその線はなくなる。

 俺はガシャンガシャンとフェンスの音を派手に立ててやった。しかし、そいつは警戒するどころか俺を見つけて嬉しそうな顔をしてみせた。
 ただ大きな目は、じっと睨むように見ているなと思えば少しだけ困ったように揺れる。あ、ちったぁ怖かったのか?と思ったが違ったようだった。
 どう見ても、喧嘩をふっかけてくるタイプには見えない。だとすれば該当するのはもう1つだ。

 この学園は男ばかりの閉鎖空間だ。

 中等部からここにいる俺も今やすっかりその世界に慣らさせてしまった。つまりアレだ、同性愛ってやつである。入学してしばらく、ふと気づいたら俺は女だけじゃなく男も抱ける両刀って奴になっていたわけだ。

「…えと、ヌシさんじゃなかった?」
「違わねぇけど、一年が何か用か?俺が誰か知っててここに来るたぁアレか?俺に抱かれてぇのか?お前くらいかわいけりゃ考えてやってもいーぜ?」

 口角を上げてからかうように言えば、目の前の犬っころ野郎はえ?と目をぱちぱちさせた。

「…えーと、抱くってエッチするって事だよね?」
「あーそうだぜ。お前まさか、男同士じゃできねーとか言うんじゃねーだろうな?」

 入学して何カ月経ってると思ってんだ?なんて言えば、茶髪がふるふると左右に振れる。知ってるって事なら、なんでそんな顔してんだ?

「ここに来る奴なら、俺に喧嘩ふっかけるか抱いてくれって奴かだろ。ヤりてぇならさっさと来いよ。」

 我ながら最低な発言だが、この学園にいればこうもなってくる。なにせ全員とは言わねぇがネコの連中は俺みたいにちょっと顔が良ければ抱いてくれと言ってくるからな。
 あいつらのほとんどは相手が誰でもいいと思ってやがる。かといって真剣に俺を好きだとか言われても困るけど。

「んー…」

 俺が言った言葉に傷つく様子すらないそいつは、フェンスにもたれている俺の下まで近づいてくると、こちらをじーっと見上げてくる。
 さっきこいつを小さいと思ったが、やはり相当小さいなと感じた。俺の胸のあたりよりちょい上くらいまでしか背がないからだ。そもそも俺が190とかでかすぎるのも問題だが、こいつもしかすると150ないんじゃねーのか?
 ふわふわする茶色い髪が揺れる。大きな目は俺をじっと見つめ続けていたが、ふっと三日月みたいに細められた。その笑みに何故かドキリとしたのは気のせいだと思いたい。
 それから何を思ったのか、そいつはいきなり俺の腰にぎゅうと抱き付いてきた。

「な、何を…」
「やっぱり、とらちゃんだー」
「…は?」
「すっごく大きくなってたから気づかなかったけど、目元とかそのままだね!えへへー。ずっと会いたかったんだよー」
「…は、え?ちょっと待て!」

 とらちゃん?ずっと会いたかった?

 不思議な言葉に俺は慌てて、犬っころな男を引き剥がして両肩に手を置いた。そうされた方は『どうしたのとらちゃん?』なんてマイペースで俺を見てくる。

『とらちゃん』

 俺の名前が雅虎だから、そんな馬鹿みたいな呼び方をされていたわけだが。それは小学生までだった。
 当時俺はガキ大将で、いつも何人か舎弟のようなガキを連れて歩いていたのだが、その中の誰かなのだろうか?

「どうしたのー?」

 ぐいと掴んだ肩は特に抵抗もせず、大きな目が不思議そうに俺を見るだけだ。

「……」

 この顔、どこかで…
 さっき確かに何か違和感を感じていたのだが気のせいだろうとスルーしたんだが、今の発言からすれば俺もこいつを知っているはずだ。

「とらちゃんは小さい時もカッコ良かったけど、今はんーと…おっきくてホントの虎さんみたいだねぇ?」
「は?」

 のほほんと笑う顔に、誰かの面影がダブる。小さい頃の思い出なんてしばらく振り返ったりしていなかったから記憶をたどるのに少し時間をかけてしまった。

「僕ねぇ、屋上にいるヌシさんがとらちゃんと同じ名前だったからすごく楽しみにしてたんだぁ。」
「…楽しみ、だと?」
「うん。だって僕の一番はとらちゃんだもん!楽しみにもなるよー?」

『ぼくのいちばんはとらちゃんだもん!』

「!」

 子犬みたいな可愛らしさで笑うそれに、小さな子供の声が重なる。ふわふわな茶髪はそのままに、幼い顔が俺の脳裏をよぎった。

「…みっちゃん…?」
「覚えててくれたんだ?嬉しいなぁ!」
「…え、ちょ…待て。お前、男だったのか…?」

 今、俺の記憶の中で笑う子供と目の前の男子生徒が重なったのは確かだ。
 しかし俺は子供の頃一緒だった『みっちゃん』=犬っころなこいつという図式にできかねていた。
 何故なら、俺はみっちゃんをずっと女だと思っていたからだ。そう尋ねれば、みっちゃんはなぁに?と人差し指を自分の唇にあてて俺を見上げる。
 正直言って、そんな仕草が似合っているとかおかしいだろ。今まで相手してきたネコ共より可愛く見えるのは何故だ。

「んー、僕女の子になった事一度もないよー?あ、エッチの事?」
「…あ、や、そうじゃなくて…」
「そっちの経験僕全然なくて分かんないんだけどー女の子にならなくてもできるんだよねー?」
「あ、だからそうじゃなくてな…」
「あ、さっきの話!僕ね、抱かれるとか興味ないよー。でも、とらちゃんとならエッチしたいかも?」
「…は?!」
「だってずっと好きだったもんー」
「はぁ?!」
「僕、とらちゃんのお嫁さんになるのが夢なんだよねぇ。中学上がる時に両親が離婚して引っ越しちゃってからずっと父子家庭でね、僕が家事してるから花嫁修業はばっちりだよー?」

 あっさりと、まるで弁当ではから揚げ弁当が好きだみたいな軽いノリで告白されて、しかもサラっとシビアな家庭環境まで聞かされた俺はぽかんとしてしまう。
 だが、ぎゅうと抱きついてきたみっちゃんは冗談のつもりはないらしく、首をかしげながら頬を染め俺を見上げて爆弾発言をかましやがった。

「ねーとらちゃん、僕初めてだから優しくしてね?」
「!!?」

 あまりの衝撃に、次の瞬間俺はみっちゃんを残して屋上から逃亡した。


 ── 『あの屋上のヌシが何故か無傷で人を帰した!奇跡!』となどと学園新聞でスクープになっていたのを俺が知るのは、数日後の話である。


Fin?




領国 雅虎 りょうごく まさとら
高校2-5 190cm 強面で若干ヘタレな不良
… 「狂い虎」と言われているとある族の特攻隊長。みっちゃんにはタジタジで溺愛?

天司 蜜樹 あまつか みつき
高校1-3 151cm 天然つーか不思議ちゃん
… 昔雅虎の隣に住んでいた「みっちゃん」。とらちゃんの嫁になるのが夢。




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2010/12/10