2010年 Christmas SS






 大広間の賑やかさが嘘のように思えるほど、中庭は静けさに包まれている。

「先輩、こっちです。ほら、あれ」

 夜会用に着ていたスーツの上に真っ白くふんわりとしたコートを着込んだ環輝は、少しだけ急ぎ足になって庭の中央へと向かっていた。恋人がはしゃぐ姿を眩しく感じながら眺めつつ遅れてやってきた響志郎は、クリスマス色に電飾が纏られている庭木の間を歩いていく。
 環輝が傍目からも見れば花でも飛んでいるほどに嬉しそうな表情をして示すのは、広間に用意されているクリスマスツリーと同じもみの木だった。
 ただ、室内の華美な飾り付けが施されているツリーと今目の前にあるものとは趣がだいぶ違うのだが。

「大広間のツリーは素敵なオーナメントで色彩豊かで楽しい雰囲気ですけど、さっき窓から見かけたこっちはとっても綺麗だったんです。」

 そう言いながら環輝はキャンドルを模した電飾のみで飾られているツリーを見つめ近付いて行く。
 響志郎達のような上流社会の人間にしてみれば、地味すぎるんじゃないかと思うくらいの質素なツリーだ。
 しかしその前まで辿り着き、数歩後ろにいる恋人へと視線を向けて可愛らしく微笑んだ環輝は本当に嬉しそうだった。

「ほら、すごく綺麗でしょ?」
「…賑やかなのは苦手なのか?」

 響志郎が環輝にまずそう聞いたのは、先ほど彼が室内で困ったように笑っていたからだ。だがそれに対して恋人は違いますと首を左右に振る。

「賑やかなのも楽しいのも嫌いじゃないです。ただ、」
「ただ?」

 促され、しかし少し躊躇ったのか大きき目が揺れる。安心させるように歩み寄って肩を引き寄せれぱ、可愛らしい恋人は黒いコートの上から抱きついてきた。

「キラキラしている場所じゃ、僕から先輩は遠く思えちゃうから。」
「俺が遠い?」
「・・・だって先輩はいつも正しくて、威風堂々としていてカッコよくて、いつもキラキラしてるんです。学園にいても雲の上なのに、さっきの階段の上でのスピーチの時は別の世界の人みたいで。」

 そう言うと環輝は響志郎の胸元に顔をうずめた。今は二人きり、だからこうしててもいいですか? などと可愛いことを言われたので、本当は内外問わずいつだってこうしていたいとその耳に囁いてやる。
 すると環輝は困ったように笑うのだ。

「ダメです。僕なんかを隣に置いていたら先輩に迷惑をかけちゃ…」
「環輝、お前を選んだのは他でもないこの俺だ。それを否定するのか?」
「…ふぇっ?」 

 自信のない言葉を打ち消すように愛しい彼の頬に口づけを落とすと、響志郎はもう一度その大きな瞳を見詰めた。、

「お前の中の俺は、いつも正しいんだろ?なら、俺がお前を選んだ事を疑問に思うな。それを否定すれば、お前が思い描いている『俺』を否定する事になる。」
「それは…でも、僕…」

 でも、じゃないだろ。
 そう耳元に落とされる声は優しく甘い。環輝は響志郎に耳朶を甘く食まれて、瞼をきつく閉じてぴくりと肩を震わせた。

「しかし、今日はよく冷えるな。たった少し出ているだけでこんなに冷たくなってるじゃないか。」

 そう言う響志郎に環輝は手を掴まれる。
 ゆっくりと持ち上げられるのを恐る恐る見上げると、どこか楽しそうに細められた金色の瞳が視界に映る。
 吸い込まれそうだ、なんてぼんやりと思う環輝は次の瞬間、腕に触れた響志郎の手に叫んでしまった。

「…ひゃあっ?」
「はは、やはり冷たかったか。」

 くく、と笑う彼の大きな手が環輝の手首から離れると、そこには銀色に光るバングルが嵌められていた。触れる冷たさに叫んだのだが、その正体はどうやらコレだったようだ。
 驚いて、バングルと響志郎の顔を行き来する視線。それを満足そうに見ながら大きな手が環輝の髪を撫でる。

「今日はクリスマスだろう?プレゼントだ。貰えないとは言わさない。」
「そ、そんな事絶対言いませんっ!」
「まぁ、もし言っても押しつけるだけだが。」
「ほぇ…も、もう。」
「ん?そんな風にふくれても可愛いだけだぞ。」
「か、可愛くなん」
「可愛いな、環輝。」
「うー…。」

 響志郎のプレゼントを渡せば受け取らないはずもないのだが、環輝を困らせたくてついついからかう。むくれた顔をつついてから顔を覗き込んで言葉を交わせば、言い返すことなどできない可愛い恋人は頬を染めたままこれまた可愛らしいとしか言いようのない唸り声を上げた。そろそろからかうのをやめなければ本当に拗ねてしまうだろう。

「分かった分かった、もう言わないから機嫌を直してくれ。」
「別にそんなんじゃないです…。」
「そうか?それで恋人からのプレゼントは気に入ってくれたか?」
「あ…は、はいっ!…素敵なプレゼント、有難うございます…」

 恋人からの…
 その言葉を頭で反芻しながら環輝は礼を言い、バングルをゆっくりと眺めた。
 美しい雪の結晶の透かし彫を施されたている。自分に黙って用意されていたこれを、彼はどんな顔をして選んだのだろう。店で悩むなんて姿は予想できないが、きっとこだわりのある人だからあれこれと考えてくれたに違いない。
 そう思った環輝がふわりとした笑みを浮かべると、響志郎は少しだけ目を見開いてから電飾だけのツリーへと視線を向ける。

「…綺麗…これ、大事にします…っ」
「あぁ…Merry Christmas、il mio amore…」

 今思わず零れた言葉は俯いてバングルを撫でている恋人の耳には届かなかっただろうと響志郎は視線を下ろす。
 贈り物に嬉しそうな顔をしている姿に、今度ははっきりと『メリークリスマス』と言い微笑みかければ、環輝からも可愛らしく同じ言葉が返ってきたが不思議そうな顔をして見上げてきた。

「どうした、寒いか?」
「ううん、違うんです。えと、さっき呟きませんでした?たぶん、イタリア語かな…よく聞き取れなかったから気になって…」

 どうやら恋人はきちんと聞き取れなかっただけだったらしい。響志郎がどうするかなと顎をさすっていると、環輝は気になったらしく戸惑ったように黒いコートを掴む。

「…ぼ、僕の聞き間違いだったらいいんです。でもあの…」
「…」
「僕の事、と思っていいんですよね?…”il mio amore”」
「…あぁ、なんだ。聞こえていたのか。」

 それなら、と染まる頬に手を添えられた環輝がされるがままに彼の方を向かせられれば、吐息が混ざったと思った途端に二つの金色に射ち抜かれた。
 不意打ちのキスと欲を持つ視線に耐えられないように目をつむり少し身体を引こうとすれば、自然開いてしまった唇の隙間から厚い舌に侵入されてしまう。

 思う存分恋人の唇を味わった響志郎が名残惜しげに離れれば、やや息が上がる二人の間に銀色の糸。それを見た環輝が全身を真っ赤にするのは当然だろう。見上げた恋人の余裕の笑顔は、やっぱり眩しくて優しかった。

 そして、キラリと煌めいたのは幻ではなく。

「響志郎さん!」

 先輩、と付ける事も忘れて環輝は叫ぶ。伸ばした手は勘違いされた恋人の手に捉えられるけれど、その視線は環輝のはずむ声を理解した。

「響志郎さん、雪です!」
「…あぁ、ホワイトクリスマスだな。明日は寒そうだな。よし、今から俺の部屋に行くか。」

 明日の交通事情が麻痺する事を予感した響志郎は、可愛らしい彼の保護者に言われた事など忘れたフリをして、はしゃぐ環輝の手に自分の手を絡める。
 せっかくだから暖かい部屋で雪を見よう、とはただの言い訳だ。
 だが、天が味方したのだから、文句は言わせない。

 絡められた指に顔を赤くしながらもおとなしくついていく環輝には、そんな響志郎の思惑など分かるはずもない。何より、知ったとしても彼の言う事に逆らうつもりなどなかったのだ。



fin ?




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